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当スクールの想い ~第2章:気持ちを伝える道具でした。~

転機は高校3年生の時。先に渡米していた姉の影響もあったのかもしれない。
奨学金の出る交換留学生のテストを受験。なぜか合格。その年は受験者数が少なかったのだろうか。アメリカはアイダホ州へと旅立った。
ギラギラした動機は無かった様に思う。ただ単に、外人の友達が欲しかった。

10人乗りの飛行機の小窓から見える風景は信じがたいものだった。
一面の荒野、360度の地平線。目の前でメラメラ沈みつつある真っ赤な太陽。ただひたすら真っ直ぐ伸びるハイウェイ。
文明の香りはゼロ。「田舎」というよりも「地球」だった。唖然としたのを覚えている。

像の様にデカイ、ホストマザー&ファーザー。「ムギュー」と抱きしめられる。小さな町の工場に勤めるホストファーザー。専業主婦のホストマザー。
毎晩6時きっかり一緒に食事。日曜日は必ず一緒にへ教会へ。その後近所に住む息子、娘、孫達が集まり皆でブランチ。
娯楽は映画を見ること、飲食、ボードゲーム、そして寝ること。外食さえしなかった。

第二章:家族.jpgのサムネール画像しかし日本の我が家と比べて決定的に違うことがひとつ。
「ありがとう」、「好きだよ」、「楽しかった」。 必要最小限の生活を営みシンプルな言葉で、常に感謝の気持ちを伝え合っていた。言葉はそのためにあった。家族内が微笑みであふれていた。これには驚いた。モナリザか!?

17歳なりに自分の人生を振り返ってみる。自分は親、兄弟に「ありがとう」を伝えていただろうか?
感謝の意を述べること。そして笑顔でいること。そこから留学生活がスタートしました。

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