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当スクールの想い ~第9章:デジャブ~

サラリーマンを経て英会話講師になり5年。他講師を管理する側になるか、否かの決断を迫られました。

講師になって初めてのレッスンの帰り道、叫びながら走ってたのを思い出した。感激したのです。天職に出会えたと思った。

生活は不安定になるけれど、やっぱり教える仕事を続けたい。

英語が話せるようになるための理論を知るために、大学院進学を決意。
フリーの講師となり、学習塾、TOEICやビジネス英語をトレーニングする企業研修講師、大学の非常勤講師など、結果的に様々なバックグラウンドの生徒さんと、様々な教え方を体験することができました。

丁寧な個人指導を売りにする、とある学習塾でアルバイトをさせてもらった時のこと。授業見学をさせて頂きました。
プリントの穴埋めを強いる授業。明るく朗らかながら、わんぱくそうな中学生。あの手この手で工夫する講師ですが、15分も経つと講師が板書をする隙に、携帯をいじり出しました。
生徒の集中力が持ちません。当時の私がそこに座っていました。

昔と何も、変わっていなかった。英語の授業なのに、話しているのは講師だけ。
英語の授業なのに、プリントに向かうだけ。なんのメッセージも伝わってこない例文の数々。
練習中にボールを打たずに試合でヒットを打てるようになるのでしょうか?
素振りだけを淡々と、ただひたすら行うことのできる選手はどれだけいるのでしょうか?

一言、言って欲しかった。先生の口から一言、欲しかった。
「この授業を受けると受験には合格するかもしれない。でも英語は話せるようにはならないよ。口から英語を出さないとだめなんだ。先生だってそのためのトレーニングが足りていないから、英語話すのは下手なんだ。でもだいじょうぶ。今の自分を認めてあげて、日本人であることに自信が持てるのなら、多少英語が下手くそでも、ちゃんと生きて行けるんだよ」と。

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