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当スクールの想い ~第4章:本当の意味での語学力。~

風船に針で穴を開けたがごとく、幼少時につちかったであろう英語力は風前の灯火でした。

言語は継続しなければいつしか風化してしまう能力だったのですね。
粛々と進んで行く授業。宿題が出ていることさえも理解できていない。
だけど留学生だからと言って必要以上に甘やかすことのない、ある意味公平なシステム。
日本の教育は面白みはないが、追試だの個別指導だの、生徒に優しい。
欧米はズバッと切り捨てる。点数が足りなければズバッ。ルールを守らなければズバッ。生徒側が何らかのアクションを能動的におこさなければジ・エンド。
自主的に動くこと。アクションを起こすこと。頭で分かってはいてもこれがなかなかできない。
体に、そして意識にまとわり付いているヌクヌク、ホカホカする日本の慣習を脱ぐこと。これに苦労した。

同じアジアの韓国人生徒。発音はお世辞にも上手じゃない。でも授業中、自国の歴史観を背景に胸張って発言するんです。意識が違った。
他人を巻き込むパワーのある中国の学生。馬力があった。
「間違えたらどうしよう」他人の目ばかり気にするのが私。
英語力云々の話ではなくてその科目に対する、世界に関する、そして自国に関する背景知識が圧倒的に不足していた。
加えて、わずかばかりの知識と自分なりのけなげな視点をどう言葉として表せば伝わるのか、そこがわからなかった。
たまには発言しようと頭の中でセリフを組み立てている内にタイミングを失うのが常であった。授業中は貝のように押し黙るしかなかった。

日本でぬるま湯に浸かっている間に、世界の人達は鍛えていた。

第4章.jpgのサムネール画像日本人にだって感情がある。なめてもらっては困る。野暮な経済ロボットのように思われるのはしゃくにさわった。
ではそのために具体的にどうすればいいのか、もんもんと過ごした。
実践で活かすための語学力は、テストの点数だけで計れるほど単純なものではありませんでした。

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