トップページ > 当スクールの特徴と想い > 第1章:異なることは、楽しいこと。

当スクールの想い ~第1章:異なることは、楽しいこと。~

なぜ小学校のころは授業が楽しかったのだろう。的外れな発言もニコニコして聞いてくれるような大らかさがあった様に記憶している。
先生のニコニコ顔が見たくて一所懸命手を上げた。
中学校の社会の先生は、クラスをグループに分け、今で言うディベート形式の授業をしていた。「間違ってもいいよ。伸び伸びやりなさい。」授業に対する創意工夫と余裕が先生側にあった様に思う。
ノートの取り方を褒めてくれた時の、先生のやわらかな笑顔は今でも鮮明に覚えている。

幼少時代、親父の仕事の都合でミッション系インターナショナルスクールに三年間通った。
20人弱、様々な国籍のクラスメート達。
チリ人の彼はどちらかといえば激情型。休み時間のサッカーでもドリブル突破がお決まりだった。イギリス人の彼は感情控えめで紳士的。スウェーデン人の彼女はブロンドの髪にクリスタルブルーの眼。ありえない容姿に一目ぼれした。
使いながら言葉を覚えた。はたして当時どの程度英語が話せたのか定かではないけれど、この時期だけは眼を閉じると鮮明に思い出せるシーンがいくつもある。とにかく伸び伸びと過ごさせてくれた。

分詞は形容詞として名詞を修飾しま~す。」「では、答えを下の四角中から選びカッコを埋めなさい」
いつのまにか英語は、コミュニケーションの手段から無機質な「記号」にとって変わった。
言葉の授業なのに物事についての考察は問われない。問われるのは解答が教科書的に正しいか、正しくないか。

「これ、テストに出るぞ。覚えろよ」英語の先生の常套句。
教室はコミュニケーションの場から耐える空間に変わった。全くリアルではなかった。あまりに退屈だった。
気がつくと仲間とつるんで遊ぶ日々。机に座ってもおしゃべりしているかホケーッとしているか、寝ているか。

第一章:成績.jpg一学期で遅刻66回。成績は44人中43番。教科書を開けた記憶なし。明確な夢なし。さしたる目標なし。親に頼りきっているくせにリスペクトもなし。
仲間と毎日お気楽に、楽しく過ごすことがモットー。
高校生になると学業的には完全に落ちこぼれと相成りました。

>次へ「第2章:気持ちを伝える道具でした。」