トップページ > 当スクールの特徴と想い > 第11章:鳥かご

当スクールの想い ~第11章:鳥かご~

実家が犬を飼っています。シーズ犬で、ミミと言います。
まだミミが幼かった頃、私がはじめて散歩に連れて行ったのを覚えています。
私はミミの出すサインを読み取ることができす、ミミは私に引きずられ歩きながらフンをしたものでした。
8年が経ち、今では散歩に行きたいのか、腹が減っているのか、かまって欲しいのか、放っておいて欲しいのか、ミミの表情から理解できる様になりました。
ミミを一番理解しているのは私だと、ひそかに思っているのです。

そんな私とミミなのですが(笑)、時折明らかに、さも面倒くさそうにしぶしぶ対応される時があります。シカとされる時さえあるのです。
散歩に連れて行きフンの後始末をし、体を洗い、餌を与え、一緒に寝てさえいるのに(これがいけないのかもしれない)私の気持ちをないがしろにするミミちゃん。
親の気持ち子知らずとは良く言ったものです。

必ずしもプラン通り行かないのがコミュニケーションなのではないのでしょうか?
飼い主と愛犬でさえ、この有様です。これが言葉も文化背景も眼の色も違う、会ったたばかりの相手とならどうでしょうか?

単語を覚え、発音を真似して、テキスト通りに会話文を読めたのなら、相手にメッセージが伝わるようになるのでしょうか?
プラン通りに行かない時にどう対処するのか。会話が上手く行かない時こそ肝心なのです。
会話をしながら相手の言葉を聞き返したり、確認したり、繰り返したりしながら相手の言わんとすることと自分の理解度をすり合わせる作業こそ、意思の疎通には欠かせない実践的なスキルです。
しかし、普段から意識的にそれを行っていないと実際にはなかなかできないものです。それは能動的な作業です。

講師の主導によって、プラン通りに行われる英会話のレッスン。型通りの会話文。極めて受身的なその受講スタイルで本当に外国人とリアルに会話ができるようになる為のスキルが養われるのか?いつまでも鳥かごの中にいて、外の世界に対応できるようになるのでしょうか?

>次へ「第12章:呪縛」