腕のカシオは午前2時20分を指しています。
カバンを持ったまま、呆然と立ち尽くす田中さん。状況がよく飲み込めないでいます。
「今日レッスンの帰りに友達と飲んでくるから遅くなるかも」
朝、妻がそんなことを言っていたのを思い出しました。
「電波の届かない所にいるか、電源が入っていないため、かかりません」
ただ淡々と同じセリフを繰り返す5回目の音声メッセージ。喉が強烈に渇いてきました。なんで今、あいつはここにいないんだ!?今どこでだれと何をしているのだ?友達って・・・だれなんだ?オレはなぜ、何も知らないのか!?
田中さんは愕然としたのです。オレは、女房のことを何も・・・知らない。
平日は深夜に帰宅。土曜日も仕事。それでも「お帰りなさ~い」どんなに遅く帰っても寝床からそう、声をかけてくれる自慢の妻でした。水をやらなければどんな花でも枯れてしまうというのに、田中さんは甘えきっていたのでしょう。妻はいつまでも自分にとって都合が良い存在でいてくれるものだと信じて疑わなかったのです。
妻が半年前に英会話学校に通いだしてしばらくすると下駄箱に今まで無縁だったキラキラしたパンプスが並ぶようになっていたというのに。
何かトラブルにでも巻き込まれたのか、それとも、・・・オトコか? いや、あいつに限って・・・
始発が動く時間までに帰ってこなければ警察に捜索願いを出そう。そう決断し立ち上がろうと右手を伸ばすと、手に何かが当たりました。
「The last lecture」
洋書です。それは手を伸ばせば届くところにずっと存在していたのに、それに気がつく余裕がなかった田中さんでした。その洋書を手に取りパラパラページがめくってみる田中さん。あるページが開きました。挟んである白のしおり。
なにやら手書きで殴り書きがしてあります。田中さんはその白いしおりを本から抜き取り顔を近づけました。
「You had me at "hello." Every moment with you. Love, Jake」
しおりの裏にはプリクラが貼り付けてありました。
そこには妻と、妻の肩に手をまわした西洋人がたたずんでいました。満面の笑みで。


























